大貫のり夫

おおぬき 憲夫
日本共産党横浜市会議員
スクランブル交差点

シリーズ『あおば子育て事情』121 過労死

2012年10月23日

シリーズ「あおば子育て事情」は江口 寛さんの文です。彼は30年来の私・大貫の友人です。私の市政ファイル363号からの転載です。

 「青葉区で過労死した先生がいるというが知っているかい?」と、知人から電話があった。とっさに思い出せず、インターネットで「横浜市教職員過労死」と検索。「ハードル高い公務員の過労死認定、07年死亡した元横浜市立中教員の遺族が不服申し立て」(2011年11月13日神奈川新聞)の記事が画面に出た。

 亡くなったK先生はアメフト選手から教員に転身した、心身ともに屈強な人だったという。K中学では05、06年度と激務のため市教委が避けるように求めている生徒指導専任と学年主任を兼務し、サッカー部顧問や進路指導担当も重任していた。
 07年4月にA中学に異動。転任早々、異例の生徒指導専任に就任。加えて部員87人のサッカー部顧問と委員会指導、前任校の倍以上の生徒数と異なる気質、連日の委員会出席、多発するトラブル。夜遅く帰宅してもパソコンに張り付き、そのまま突っ伏す日々。食は細り、弱音を吐くようになった。2カ月で7キロ痩せた。
 6月12日から2泊3日の修学旅行引率。睡眠は1日2時間にも満たず、帰宅後「頭が痛い」と言い、そのまま寝込んだ。同20日ようやく訪れた病院の待合室で倒れ、くも膜下出血で脳死判定を受け、5日後40歳で帰らぬ人となった。
 ご遺族は、職場の協力も得て、地方公務員災害補償基金(地公災)県支部に公務災害認定を求めたが、結果は「公務外」不服申し立て中という。

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