大貫のり夫

おおぬき 憲夫
日本共産党横浜市会議員
スクランブル交差点

シリーズ『あおば子育て事情』147  白菜なべ

2014年2月10日

シリーズ「あおば子育て事情」は江口 寛さんの文です。彼は30年来の私・大貫の友人です。私の市政ファイル420号からの転載です。

また、恩師がなくなりました。元和光大学教授・山崎昌甫先生。

恩師といっても、講義を受けたわけではなく、奥様が初任校の先輩だった縁で、何回かお訪ねしてお話をうかがったり、若手教師の集まりで講演をお願いしただけでした。

それでも、先生の生き方と人柄には魅かれるものがありました。
先 生は特攻艇「震洋」の訓練生で終戦を迎え、「人を殺す教育」を受けさせられた反省から、民主的学生運動に進み、梅根悟学長とともに和光大学の基礎を創るかたわら、民主的な教師を育てる民間教育運動にも尽くされた、骨太の人でした。

私がお慕いする人柄は、奥様が語られた「白菜なべの思い出」に込められています。

70年代初頭、先生は暴力学生の攻撃の的となり、研究室に出入りできなくなり、ゼミを自宅(といっても、3LKの団地の一室)で開くようになります。終わると先生は「君たち、お腹がすいただろう」と、鶏肉と白菜だけのなべとご飯をふるまったそうです。学生たちは、身も心も温まり、バイトに活動に出かけて行ったそうです。

形式ばったことの嫌いだった先生の遺志を尊重して、ごくごく身内の方だけで、無宗教・音楽葬で送られたとのこと。(合掌)

震洋:小型のベニヤ板製モーターボートの船内艇首部に炸薬を搭載し、上陸船団に体当たり攻撃をした。

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