大貫のり夫

おおぬき 憲夫
日本共産党横浜市会議員
スクランブル交差点

シリーズ『あおば子育て事情』101  朝鮮戦争のとき

2012年1月10日

シリーズ「あおば子育て事情」は江口 寛さんの文です。彼は30年来の私・大貫の友人です。私の市政ファイル324号からの転載です。

 図書室でパラパラとめくった本から、「横浜線」の文字が飛び込んできた。1952年~54年に平凡社から刊行された「綴方風土記」に載った詩だという。折から、朝鮮半島に戦火が起こり、日本に警察予備隊(後の自衛隊)が生まれようとした時代だ。

 こんな澄んだ目の少年を育てた学校は? 家庭は? また、大きな宿題をもらった思いだ。

横浜線

 
    中山中学校2年 小宮懐之

横浜港から相模原へ/相模原から
横浜港へ
毎日毎日兵器がはこばれる
ばくだん/ジープ/山のような
こんぼう
みんなU・S・とかいてある
そんなのをみるとぼくは悲しくなる
日本に また
戦争が始まったような気がするのだ
米軍のために書かれた
道しるべのたつふみきりで
きょうもぼくは米軍用列車を見る
横浜線は単線で/米軍列車が
通るときは
お客の乗ってる電車は
ホームで小さくなってまっている
米軍の列車の機関車は
まっ黒なかいぶつのようだ。
(「『戦争と平和』少年少女の記録⑨*戦争は終わったけれど」より引用)

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