大貫のり夫

おおぬき 憲夫
日本共産党横浜市会議員
スクランブル交差点

シリーズ『あおば子育て事情』109 尋三の春 木山捷平

2012年5月7日

シリーズ「あおば子育て事情」は江口 寛さんの文です。彼は30年来の私・大貫の友人です。私の市政ファイル340号からの転載です。

 今度の離任式の挨拶も、通り一遍のものになってしまった。ちょっと自己嫌悪。そんな時、中二の教科書に採られたことのある「尋三の春」の若い先生の離任の場面を思い出した。
 「♪ 帽子片手に みなさんさらば 長のお世話になりました わたしゃ これから北木に行くが 受けたご恩は忘りゃせん」
 先生は古い麦わら帽子をぶらさげて、調子はずれでへたくそな節まわしだが、力いっぱい声を張り上げていた。
 私の二年生の時の成績はオール丙に近いもので、父は担任から「落第にしようか」と脅かされるほどだった。
 三年の担任になった大倉先生は、「ひいき」をしない先生だった。村一番の分限者の息子の春美を級長にしなかった。
 「自分のことを自分で言う言葉」の授業では、「オラとも言います」と言って爆笑を受けた私の発表も黒板に大書してくれた。
 「オラは下品な言葉で、そんなの使ったらいけんと串本先生がいわれました」という春美の発言も、「使ってよいか悪いかを調べてるんじゃない」と一蹴した。
 そんな先生の指導のもと、私の学習意欲は向上して一学期の通信簿は、操行と図画が甲、算術以外は乙となった。
 それなのに、二学期の始業式の朝、春美は、「先生が北木島に島流しになる」と、吹聴してまわった。

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