歌手の尾崎紀世彦さんが亡くなられた。「また逢う日まで」が大ヒットしたのは、私が24歳のころ。父の仕事・酒屋の御用聞きをしながら、私も良く口ずさんでいました。「あら、ひろやさん(お店の屋号)!歌うまいね」なんて、団地のオバちゃんたちから声をけられたものです。
あの頃は、実は悶々としていました。友人から柴田翔の「されど我らが日々」面白いぞと言われて、青葉台駅前の関口書店(今はない)で買いこんで、御用聞きをさぼって読んでいました。そして、なおさら考え込でいた頃です。
「されど我らが日々」は共産党の6全協にかかわって、若ものたちの群像を描いていました。内容はもう忘れましたが、「されど我が日々」と言う題名と、その頃のもやもやしていた心持はしっかりと残っています。
尾崎さんがなくなったという報をみて、当時24歳という私の遅い青春の一コマを思い出し、そして終わったという思いです。